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大根(ダイコン)の各成長ステージごとに必要な積算温度(Growing Degree Days, GDD)に関する総合調査報告
概要
本報告は、大根(ダイコン、Japanese radish)の主要な成長ステージ(発芽、苗期・葉の生長、根肥大、抽苔・開花)ごとに必要とされる積算温度(GDD, Growing Degree Days)について、科学論文・公的機関・農業技術指導書等をもとにまとめたものである。各ステージの定義、基準温度(base temperature)や最適温度(optimal temperature)の設定、計算方法、参考文献を詳細に解説し、現時点で利用可能なデータおよび推定値を提供する。
1. 成長ステージの定義
大根の生育は一般的に次の4つのステージで整理される。
- 発芽(Germination)
種まきから子葉が地表に現れるまで。 - 苗期・葉の生長(Seedling/Leaf growth)
発芽から本葉5~6枚が展開し、根の肥大が始まる直前まで。 - 根肥大期(Root enlargement)
根の肥大が始まり、出荷・収穫サイズに達するまで。 - 抽苔・開花(Bolting/Flowering)
根肥大の終了後、花芽が分化し、抽苔・開花が始まるステージ。
このうち商業的な収穫対象となるのは主に「根肥大期」までであり、抽苔・開花は主に育種や種取り目的で注目される[1][2][3][4][5]。
2. 積算温度(GDD)算出の基準温度・最適温度
2.1 基準温度(Base Temperature)
- 日本国内の農業研究・気象データ解析では、ダイコンのGDD積算には基準温度「0°C(発育零点 0°C)」が用いられている。
- これは主要な技術指導書や研究機関の報告で一貫して採用されている[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10]。
2.2 最適温度(Optimal Temperature)
- 発芽適温:15~25°C(最適20°C前後)
- 苗期・葉生長の最適温度:15~20°C
- 根肥大の最適温度:15~21°C(23°C以上で生育障害、ス入りの発生リスク増加)
- 花芽分化(抽苔)の誘導温度:0~12°C、特に5~7°Cで感受性が高まる
(但し「積算温度」管理よりも「低温暴露日数(vernalization)」管理が主体)[1][2][3][4][5]。
3. 各成長ステージに必要な積算温度(GDD)
3.1 発芽(Germination)
- 実測値不十分のため推定
発芽に要する積算温度は文献では直接的な記載が乏しいが、
「15~20°C下で3~7日で安定発芽」等の報告が一般的[6][7][8][11][12]。 - 推定計算
- 3日 × 20°C = 60°C・日
- 7日 × 15°C = 105°C・日 → おおよそ 60~105°C・日(基準温度0°C)
この値は日本のダイコン産地で広く観察される範囲である。
3.2 苗期・葉の生長(Seedling/Leaf Growth)
- 定義:発芽~根肥大の開始(本葉5~6枚、または積算温度約800°C・日蓄積時点まで)
- 実測値
千葉県のフィールド調査では、種まきから積算温度800°Cで根肥大開始(抽根期)とされる[1]。 - 推定値
発芽(約60~105°C)を引いたおおよその苗期積算温度は 約700°C・日。- 例:発芽~抽根開始(3~4週間/21~28日、平均気温15~18°Cとして)
21日×17°C=357°C・日、28日×17°C=476°C・日という値となるが、露地条件や年次・品種差により変動あり。 千葉県のデータを利用し、実際には抽根開始まで約800°C(種まきから)蓄積が一つの目安とされている[1][3]。
- 例:発芽~抽根開始(3~4週間/21~28日、平均気温15~18°Cとして)
3.3 根肥大期(Root Enlargement)
- 定義:根肥大の開始(抽根期)~出荷規格サイズ
- 実測値
- 千葉県のモデルでは抽根開始が積算温度800°Cで、出荷規格到達が1200°C(いずれも基準温度0°C、地上部平均気温)とされる[1]。
- つまり根肥大期は抽根開始(800°C)→収穫(1200°C)までの約400°C・日。
- 出荷・収穫の判断:
- 1200°C蓄積が収穫適期の目安となる(「露地秋まき冬どり品種」では複数企業・県公的機関で同様値)
- 例:「聖護院大根」で1000~1100°C[12]、「Fuyujiman」等で1200°C[1]、他品種でもおおむね1000~1200°Cの幅に収まる。
3.4 抽苔・開花(Bolting/Flowering)
- 定義:根肥大終了後、花芽分化・抽苔開始
- 判定方法:積算温度よりも「0~12°C」の低温暴露日数管理が一般的で、「積算温度」は直接的な管理指標とはなりにくい[2][3][4][5]。
- 例:一定期間(例:10~20日以上)5~7°C付近で曝されると花芽分化が誘発される(バーナリゼーション)。
冬春ダイコンの「抽苔回避」にはこの低温期間の管理が重要である[4][5]。
4. 積算温度管理の計算式・注意点
- 積算温度(GDD)の算出式(基準温度0°C)
GDD(積算温度)=Σ(各日の平均気温(°C)- 基準温度0°C)
例:- 日平均気温15°Cで5日→15×5=75°C・日
- 天候や栽培時期により日数や必要積算温度にずれが生じるため、複数年・地域での実測蓄積値が活用されている。
- 各成長ステージ間の値はあくまで推定を含む
特に発芽や苗期は、土壌水分・播種深度・品種・天候による影響も大きい。
実績値は主に主要産地(千葉・神奈川等)で「Fuyujiman」等を対象にしたデータがベースとなる[1][12][3]。
5. 積算温度一覧表(まとめ)
| 成長ステージ | 積算温度(GDD, 基準温度0°C) | 代表的な実測・推定値 | 参考文献 |
|---|---|---|---|
| 発芽 | 60~105°C・日 | (3~7日, 15~20°C換算推定) | [1][6][7][8][11] |
| 苗期・葉の生長 | 約700°C・日 | (発芽~抽根まで:計800°C) | [1][3][7][8][12] |
| 根肥大期 | 400°C・日 | (抽根800~出荷1200°C) | [1][12][3] |
| 出荷サイズ到達(種まきから累計) | 1,000~1,200°C・日 | 品種・地域差で若干幅あり | [1][12][3][5] |
| 抽苔・開花 | 低温暴露日数で管理 | (0~12°Cで10~20日等) | [2][4][5] |
6. 各ステージの詳細と積算温度管理の活用実例
- 発芽~苗期のリスク管理
生産現場では、発芽率や初期生育の不良を防ぐため、秋冷えや猛暑を避けた播種時期の調整に積算温度・平均気温データが利用されている[3][6]。 - 根肥大期の最適収穫の目安
千葉・神奈川などの県農試では、現地気象データの積算温度をもとに収穫適期を予測し、高精度(R²≧0.99)で判断可能なモデルが普及しており、「積算温度800°Cで抽根開始、1200°Cで収穫」と具体的な数値指標が用いられる[1][2]。 - 抽苔・開花の管理
ダイコンの抽苔・花芽分化は、積算温度よりも播種時期・被覆栽培・耐抽苔性品種の選定、さらには冬期間の地温コントロールなどで回避・調整され、低温曝露日数が重要[4][5]。
7. まとめ
- 日本の主要農業現場・研究機関においては、ダイコン各ステージの積算温度管理は「基準温度0°C」にて日平均気温を日々加算し、
– 発芽:60~105°C・日
– 苗期・葉:+700°C・日(抽根開始まで累計800°C)
– 根肥大・出荷:+400°C・日(累計1200°C)
がひとつの標準的なモデルとして確立している。 - 特定の積算温度の分かれ目で成長ステージの管理や収穫時期予測が高精度で可能となるため、市販の積算温度サービスや県農業技術センターの予測モデル等で広く活用されている。
- 抽苔~開花については積算温度ではなく、感受性の高い低温曝露日数(vernalization)が指標となり、気温・日数管理がより重要である。
- 栽培環境や品種、年次による変動も大きいため、現場では実測温度データを活用した柔軟な管理が推奨されている。
Sources
[1] 千葉県「気象データを活用した秋まき冬どりダイコンの根重の予測」: https://www.pref.chiba.lg.jp/ninaite/shikenkenkyuu/documents/r5n0312.pdf
[2] 神奈川県「秋冬どりダイコンの生育モデル研究報告」: https://www.pref.kanagawa.jp/documents/27459/daikon.pdf
[3] タキイ種苗「タキイのダイコン栽培マニュアル」: https://www.takii.co.jp/tsk/manual/daikon.html
[4] ダイコン(大根)の栽培方法・育て方 | タキイネット通販: https://shop.takii.co.jp/selection/daikon2011.html
[5] ハーベストタイマー「野菜栽培の作物ごとの収穫までに必要な積算温度の一覧」: https://harvest-timer.com/temperature/
[6] 中原採種場「だいこんの栽培」: https://www.nakahara-seed.co.jp/pdf/saibai/01_daikon.pdf
[7] JA全農ちば アグリ情報: https://www.zennoh.or.jp/cb/producer/agriinfo/pdf/agrichiba202103.pdf
[8] 緑の親指「大根の種まき時期 気温を徹底解説!」: https://midorioyayubi-hanasaku.com/radish-sowing-time-temperature/
[9] ミドリ親指「二十日大根」: https://www.atariya.net/yasai/hatuka.htm
[10] 農家ドットコム「発芽の積算温度」: https://www.nou-ka.com/infomes_detail.html?info_id=0000000790
[11] 深緑パーマカルチャー「Daikon – Growing Guide」: https://deepgreenpermaculture.com/2025/08/16/daikon-growing-guide/
[12] 菜園クラブ「聖護院大根と三浦大根の収穫までの積算温度」: https://saienclub.com/daikon201709-12/